子育ては正解のない中に答えを出しながら歩んでいくので、気苦労も多く大変です。「母の日」は元々アメリカで発祥したものですが、日頃の母の子育ての苦労をねぎらい母への感謝を表す日として制定されたものです。どのように労ってもらえばよいのか。その一例を『クリームパンの天使』というエピソードでご紹介します。
あるパン屋さんの話です。毎週土曜日の夕方になると、200円を持って「クリームパン」を買いに来る幼稚園年長の男の子がいました。年少の妹といつも手をつないで一緒に来ます。土曜日は母親の帰りが遅くなるので、「クリームパン」で空腹をしのいでいるようです。お金は母親からもらっているようでした。「ここのクリームパンはすごく美味しいから」といつも言ってくれます。4月頭の土曜日の夕方、店先で兄妹が棒立ちになっていました。兄がポケットに何度も手を突っ込んで、そして悔しそうに帰っていきました。電話中だったパン屋の奥さんは”お金を忘れたので、取りに帰ったのだろう”と思って、見ていました。ところが二人はなかなか戻ってきません。心配になっていつもより30分も長く店を開けていたのですが、現れませんでした。奥さんは悔やみました。「あのとき電話を中断して表に出て“お金はいいから”ってクリームパンをあげればよかった。いまごろお腹をすかせているだろうに…」パン屋のご主人は「タダで渡すと、逆に子どもにみじめな思いをさせるかもしれない。子どもだって我慢しなければならないときがあるんだよ」と言いました。次の土曜日、パン屋の奥さんは手作りのおやつを用意して二人を待ちました。でも姿を見せませんでした。その次の土曜日も、またその次の土曜日も二人は現れません。「母親が早く帰れるようになったのかな」「引っ越ししたのかも」パン屋の夫婦は寂しい気持ちで話をしていました。それから姿を見せなくなって5回目の土曜日。二人が来ました。はじけるような笑顔です。「チーズケーキを一つ下さい」大きな声で男の子がご主人に言いました。「えっ、クリームパンじゃないの?」「明日は母の日だから、お母さんにチーズケーキを買ってあげるの。お金はクリームパンをがまんして貯めたんだよ」握りしめた100円玉を10枚見せました。「それで来られなかったんだ。でも偉いね。」パン屋の夫婦の目に涙が浮かんでいます。「ところで前に、店先まで来て帰ったことがあっただろう。あれはどうして?」「ポケットの破れからお金を落としちゃった。ずっと探したけど見つけられなくって…」パン屋の奥さんがきれいな箱にチーズケーキを入れ、リボンを結わえて男の子に渡しました。箱には奥さん手作りのおやつも入れてあります。ぴょこんとお辞儀をし、大事に箱をかかえ、妹と手をつないで店を出る男の子。パン屋の夫婦は潤んだ目で後姿を見送りました。子どもが本質的に一番大好きなのは母親です。2歳を過ぎて我が出てくると、実は子どもの頭の中は母親を喜ばせようという思いでいっぱいです。この『クリームパンの天使』のように、日頃の子育ての苦労が吹き飛ぶような労いを受ける母の日が迎えられるよう、心より祈念しております。
杉本哲也