日本の神話である『日本書紀』の中には、素戔嗚(すさのお)尊(のみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)のように「○○尊(のみこと)」という神様がたくさん登場します。「尊い」という言葉は神様に対する敬称でした。実は「お父さん」の語源は「お尊(とうと)さん」で、父は家庭において「神様のように尊い存在」という意味です。六月二十一日(第三週の日曜日)は父の日で、母の日と同様に「日頃の父の苦労をねぎらい、父への感謝を表す日」と定義されています。『初任給で』という父の子育てが報われるお話をご紹介します。
食事をするホテルで、両親を待っていると、セメント工場で働いていて、いつもは作業服の父が、初めてブレザー姿で来てくれました。メニューを見せながら「お父さん…、今日は私の初任給でご馳走するんだから、好きなもの食べてね」と云うと、「晩ご飯一回くらいじゃ、二十年分は取り返せないなぁ」と云うんです。初任給でご馳走すると云うのに、なんていじわるな…と思いました。いっそ、いますぐ帰ってしまおうか…と思ったが、せっかくの日だから我慢して食べて帰ろう…と。最初にビールが出てきました。父は「お前、ビールぐらいは注いでくれよ」と言います。私はなんか腹が立って、コップに溢れるほど注いでやれ…と…。その時、コップを持っている父の手が目に入りました。手のあちこちの筋目にセメントや砂がめり込んだ荒くれた手です。奇麗に洗っても落とせないセメントのしみ込んだ父のその手を見た瞬間、「しようのない父さんだな…」と思いつつ、ふっと父の話を聞きながら楽しく食事をしようと思いました。
帰宅して、お風呂に入ろうと父と母のいる居間の前を通ったら、母が父に「お父さん、今日はおいしかったね」と何度も云っているのが聞こえてきました。母からしてみれば、なんとか父に「みどり…ありがとう」と云わせたいんだろう…。すると、「わかったような口聞くな!」と父が云うんです。「本当に、しようのない父さんだ」と、みどりが呆れていると、母が言い返しました。「だって、そうでしょう。『おいしかった』って一言でも言ってやれば、あの子にしてもホテルでの食事に招待した甲斐があったのに…何よ!食事中もずっと腕組んで天井ばっかり向いて…、何が面白いんだって仏頂面して…あんな態度ってないでしょう!」「なにも知らんとわかったこと言うな。女たちにゃ、男の気持なんか分らんやろ」と、ケンカが始まりました。ハラハラして聞いていると、父がこう言った。「腕を組んで天井向いていたのはな、下を向いたら、涙が落ちてしまうからや。お前らに、男の気持ちが分るか!バカが。」そう言った後、ポツンと父が、「俺もなぁ…今までにあんな美味しいご飯食べたことあるわけないよ…」それを聞いて、私はたまらなくなって、自分の部屋に戻って布団をかぶって泣きました。
お父さんが子育てに果たす役割は間接的なものが多いため、なかなか面と向かって感謝される機会が少ないのが現実のようです。一年に一度の父の日に、この『初任給で』の話のようにお父さんを労う機会を設けてみてはいかがでしょうか。ご家族でいい父の日が迎えられるよう、心より祈念しております。
親学推進協会講師 杉本哲也